財団法人 滋賀県建築住宅センター
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  訪れた日、野洲には小雪が舞っていた。白拍子・妓王の舞いもかくやあらむ…と思うほどに、流麗に、木を、草を、そして私の中を雪は舞い流れていった。ここは妓王の生まれた故郷。平清盛に愛され、やがて、うつろう愛を繋ぐすべもなく邸を追われた妓王の話は、建礼門院や小督の裏話と並んで、切々たるものがある。“奢れるもの久しからず、ただ春の夜の夢の如し”。『平家物語』のテーマはとにもかくにもこの冒頭の言葉に尽きるのだろうが、妓王の屋敷跡という木立ちに立ってみると、あらためて、女人の心細さが実感となって迫ってくる。
  この屋敷跡近くに、妓王と妓女(妹)刀自(母)の菩提を弔う妓王寺がある。楚々とした尼寺である。住職の疋田妙光さんの話によると、ここでは妓王は水の神さまとして崇められているのだという。鈴鹿山中から流れ下る野洲川は当時は暴れ川。洪水か早魃か、で水利は甚だ悪く、百姓たちは水に難儀をしていた。この難儀を憂えた妓王は清盛に頼んで延長三里の水路を築いた。といっても、女の色香で清盛が動いたわけではない。清盛はかなり進歩的な経済政策をとっていた人で、この野洲平野に水路を通すのは経済効果ありと観たからだ、と尼僧は語る。その名をとった祇王井川は今も野洲平野を流れ、この地を優れた米どころに育てている。ひとえに妓王のおかげなのだと、人々は今も彼女を慕う。
  美しい北集落の辻に、芭蕉の師である北村季吟の句碑が建っていた。「祇王井にとけてや民もやすごおり」彼もこの地の生まれ。「この辺は季吟さんや妓王さんの影響もあるんでしょうかねえ。文化レベル、高いんですよ。」と妙光尼さん。さり気なく、生活の中で、ちょっと句を作る…そんな人たちの町だという。風景も、人も、豊かな心の中にあるのだ。
妓王の屋敷跡
▲広々とした野洲平野の中にある妓王の屋敷跡
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