甲賀郡土山町。野洲川源流の町である。土山町の地図を広げると、野洲川
に流れ込む細流が実に多いのがわかる。太郎谷川、次郎九郎川、
山神谷川…、そのどれもが懐かしい昔語を秘めていそうな名前だ。この谷に
どんな文化があったのだろう、どんなドラマがあったのだろう…。
地図を見ていると、川の一本一本におもいが慕っていく。源流を探しあてて
みようか。何に出会えるだろう。おもいは膨らむ。
野洲川は風化しやすい花崗岩の山地を下るから、川はすぐに土砂に
埋まる。下流では水不足もしばしばだったことから、昭和二十六年、野洲川
ダムが築かれ、さらに洪水調節や工業用水などのために昭和六十二年、
青土ダムも築かれた。同じ町の同じ川に二つのダムがあるというのは珍しい
のだが、下流の町々がそれだけ膨張しだということだろう。
二つのダムには時代が映る。野洲川ダムが水を蓄えるという機能だけ
なのに対して、新しい青土ダムはエントランス広場や石楠花に飾られた、
アスレチックやログハウスのある広場が整備され、ダム湖周辺は憩いの
広場になっていた。
心地よい環境、ということが日本中で考えられるようになったことは嬉しい
ことである。
この二つのダムを結ぶ道上に、国民宿舎かもしか荘がある。全国の国民
宿舎の中でもサービスや運営法で評判の宿舎だが、周辺の環境も
すばらしい。宿舎をとり囲む川は、川らしく流れ、山は山らしく泰然と在り、
川向うの芝生は初夏の風を受けて光る。時はゆったりと流れていた。
当たり前のことなのに、すばらしいことに気づいたような気がした。 |
碧の湖面は静寂そのもの。野洲川ダム

緑が目にしみる、かもしか荘芝生園地 |
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