| 街道に垣間みる近江の歴史 |
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豊郷町の中山道を歩いていて気づくのは、
家並みはいかにも街道筋の庁(たたずまい)
なのに、昔の道にしては道幅が広い。これ
は拡幅したわけではなく、元々、不意の暴
漢を防ぐため、道の両側に盛り土があり、
近代になってその盛り土が均(なら)され
たから、その分、ひろくなったという。中
山道は要人の往来が多かった、ということ
だろうか…。
その中山道沿いに四十九院(しじゅうく
いん)という地名がある。これは千樹寺と
同じく奈良時代に行基菩薩が創建した四十
九院の中の、四十九番目に建てられた寺が
この地にあったからついた名である。寺は
今は真宗に変わり、名も唯念寺になってい
るが、堂々たる姿からはその歴史がうかが
える。
この街道を挟んで豊郷町には四つも中世
の城跡がある。城といっても砦のようなも
のだったろうが、それにしても、力に翻弄
された近江の運命を垣間見るような気がす
る。
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八幡神社一帯にあった那須城、天稚彦(あめわかひこ)神社辺りの高野瀬城、そして愛知
(えち)神社辺りの吉田城や常禅寺と白山神社を中心とする八町(はっちょう)城。領民の
ための善政をしいた城主もいた城である。
四月、あちこちの春祭りを見ているうちに、昔、武士たちの権力争いに被害甚大の民では
あったが、意外としたたかに湧き上がる力で生き抜いていたのでは、という気がしてきた。
どこの祭りでも力強いエネルギーを感じたのだ。そしてこれが、近江商人の力でもあったの
だ、という気もしてきた。
豊郷町には平成七年秋に「豊栄(ほうえい)のさと」という文化公園ができる予定だ。江
州音頭の扇踊りに使う「扇」の形をした美しい建物を中心に人々の憩いの空間ができる。建
物の中には図書室や福祉の施設、舞台つきのホールもある。十六ある集落がそれぞれに個性
ある集落を日ざして地域活動をしているという豊郷町。人口も微かだが増加…。「豊栄のさ
と」は若者たちもまきこんで、扇の要になっていくに違いない。
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問合わせ
豊郷町産業課 TEL 0749・35・2511
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