高い教養を誇った
小野氏一族の里 |
水泳場の続く湖岸から山側に行くと、ガラッと変
わって歴史探訪の地。その中の小野の集落は初めて
の遣隋使(けんずいし)、小野妹子(おののいもこ)
を祖とする小野一族の里といい、集落内に一族ゆか
りの神社が点在し、妹子の墓ではないかと推定され
ている唐臼山(からうすやま)古墳もある。妹子の
墓は実は大阪太子町にもある。ずっと以前、河内
(かわち)の郷土史家の方にどっちが本物でしょう
ね、と雑談の中で聞いたことがある。大事に守って
いるから河内の墓が本物だ、という説明をして下さ
った。学問的にどうなのかはわからないが、随分分
かり易い説明だった。歴史は語られ続けねば息が絶
え、単に歴史的事項にすぎなくなってしまう。暖味
な歴史の場合、熱く語る人のいる地が真実味を帯び
てくるものだ。妹子の墓は近江か河内か…、この辺
りには小野道風(とうふう)神社や小野篁神社、小
野神社等もあって妹子論争など起きれば、関心を寄
せる人も多くなるだろう。
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小野妹子の祖先をまつる小野神社。日本でははじめて餅つきをした神さまだ。
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小野道風神社、小野篁神社、ともにこの名前は人名である。どちらも平安時代の教養文化人。神社の
社殿もともに重要文化財だ。合議したわけではなかろうが、フルネームの名前を使うという発想は結構
現代的な発想かもしれない。小野篁神社は訪ねたとき、本殿屋根の槍皮の葺きかえが行われていた。二
人の職人さんの屋根の上での、槍皮を一枚一枚屋根にあてがっていく丁寧な作業に見とれてしまった。
この本殿の背後に小野妹子の祖先という米餅搗(たかねつき)大使主命(おおおみのみこと)を祀
る小野神社がある。日本で初めて餅つきをした神さまといい、両側に大きな鏡餅風の石造品が置かれて
いた。
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町内には、天皇という名の神社(本殿は重文)や、
陽明学者の熊沢蕃山(くまざわぼんざん)の資料を
集めた蕃山文庫、相撲四十八手を創案して、行司の
始祖といわれる奈良時代の力士の志賀清林(しがせ
いりん)を称える大きな碑と墓なども点在している。
志賀町では今まで風景にばかり気をとられていた
のだが、この町の歴史にはワクワクするものがいっ
ぱいあった。地形図の等高線や地図記号をなぞると
きのようにこれから知らない世界が大きく広がりそ
うだ。
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奈良時代、相撲四十八手の基礎を
考えた志賀清林、ここに眠る。
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問合わせ
志賀町産業振興課 電話 077・592・8077
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