財団法人 滋賀県建築住宅センター
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守りたい歴史の道・中山道
 近江牛が育てられているのは山之上という集落だ
が、竜王町の地図を見ていると、魅力的な地名がた
くさん発見できる。綾戸(あやど)とか薬師(くずし)
とか駕輿丁(かよちょう)、鵜川、七里(ひちり)、山
面(やまづら)、須恵、弓削(ゆげ)、信濃、そして鏡
……。川の名前も日野川、惣四郎川、祖父川。一体、
どんな歴史が埋まった土地なのか。地図を眺めてい
るだけでワクワクしてくる。こういう時は、地図を
片手にブラブラと歩く。世間一般に考えらているよ
うな観光的対象物など不要。この地名と、地名が語
る風景と、そこに暮らしを持つ人たちとの少しの言
葉のやりとりと。これだけで十分、(豊かな時)を
過ごすことができる。

伝説の鐘神社、緑豊かな神域だ。
 そんな集落のひとつが鏡集落。伝説の鏡山の北の
麓にあり、今は国道八号線が通っている。かつての
中山道だ。道沿いの家並は静かに時の余韻を残して
いるのだが、国道を行き交う車は遠慮も気遣いもな
さ…そう。唸りをあげて走り去る。歩いていると、
点々と立札が目に入る。「…鏡の宿(中山道)加賀
屋…」「…本陣跡…」等々。その一角に一際大きな
石標「…源義経(よしつね)宿泊の館跡」。《鏡の里
保存会》とある。この鏡の里を誇りとする、あるい
は大切に思う、そういう人たちの意志のようなもの
が伝わってくる。歩行者にとっては八号線の車の往
来は腹立たしいものだが、だから、当然、住んでい
る人たちにとっても最悪の環境のはずだが、それで
も、このように一つ一つの歴史的遺物を大切に守ろ
うとする人たちのにおいに触れると、ホッとする。
 この八号線沿いに鏡神社がある。垂仁天皇の世に
製陶や金工の技術をもたらした新羅(しらぎ)の皇子、
天日槍(あめのひぽこ)を祭る神社だ。とすると、先
述の須恵集落の由来も陶器を焼いた所、ということ
かもしれない。室町時代築の三間社(さんげんしゃ)
流造の美しい本殿(重文)は、国道より一歩、入り
込んだ朱塗りの鳥居の奥にある。深閑とした静寂の
聖域だ。国道沿いに人口があって、そこに松の株が
ある。源義経が武運長久を祈る時に、脱いだ烏帽子
(えぼし)をかけた松だという。その説明を読ん
でいると、「この先に義経元服池もあるよ」と通り
かかりの男性が教えてくださった。

国道8号綾、鏡地区にたてられた史跡を示す立て札
 源義経はこの地で元服したのだそうだ。承安四年
(一一七三)、金売吉次(かねうりきちじ)に伴われ
て京の鞍馬山から東国へ向かう途中だった牛若丸は、
この鏡の集落の白木屋で泊まる。その時、これから
の道中の安全のために、と、ここで元服をしてしま
うことになった。少年から大人へ。前髪をおとすの
に水がいる。その水を汲んだ池が神社の少し西にあ
り、今も水をたたえていた。義経十六歳の時のこと
である。

義経元服池。この水を使って前髪をおとしたという。
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