| 栗東は街道の町でもある。中山道と東海道が通る。道沿いの家々の表情は少しずつ変わってきているが、「道」は今も変わらない。ひっそりと土地の人たちとともに生きてきた。草津宿と石部宿のほぼ中間に位置する間(あい)の宿の六地蔵は、江戸時代は茶屋や酒屋や薬屋等々が軒を並べていた地で、その中の「ぜさいや」が当時の姿のままに今も残っている。ぜさいやは道中薬の和中散を作って売っていた豪商だが、間の宿の茶屋本陣も勤めており、明治天皇は前後四回もここで休まれている。電話で見学をお願いしておいたら、既に店の間の戸はあげられ、24代目当主の大角弥右衛門さんが待っていて下さった。
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| 黒光りしている店の間の、茶釜には終日、湯がわかされ、旅人はここに腰かけて薬湯をのんだものだとか。その横手の間には薬を作った大きなはね車や石臼などが、今すぐにでも再び使えそうな状態で保存されていた。その、店の間の戸はなんと、今のシャッター式なのだ。柱も一本おきに外せるようになっている。日本人の知恵というか細工の合理性に驚いてしまった。
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| 本陣のための玄関は店とは共用せず、店の横に切妻造りの四脚門があって、そこから続いていた。その玄関の欄間の彫刻がすばらしい。襖絵も豪壮で、なおかつ品の良さがうかがえる。玉座は質素でむしろ佗びの佇まいだ。そこから眺める庭は日向山を借景とし、当時も『東海道名所図絵』に描かれて賞賛されたという名庭だ。民家で重要文化財の指定を受けると、管理も大変だと思うが、さり気なくこの伝統の建物に心がはらわれているようだった。店の間に坐って、道向かいの馬つなぎ長屋でも見ながら、お茶をすすれば、時はぐる〜り反転して昔にかえっていく…ような嬉しい想像がふくらんでいった。
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▲日向山を借景とする庭園。 |