| 「町」とは様々な日常のある所 |
| 大津祭の曳山町を歩いていて、これが「町」ってものかしらん、と思った。祭りの日に13基の曳山が巡行するのと同じ道をそぞろたどってみた時のことである。 |
| 大津祭に繰り出す曳山はどれも豪華である。彫り物、装飾金具、見送り幕、カラクリ人形…、どれを見ても相当の財がつぎこまれたものだ。これほどのものを支えた大津の町衆の力の根源はなんだったのだろう、と想いをめぐらした時、まず町を歩いてみようと思った。財だけでない何かがあるに違いない・・。大津の町は何度も歩いているが、このような歩き方ははじめてだ。そして、このような感想を抱いたのもはじめてだった。 |
| 県庁所在都市の、駅から歩いてせいぜい15分圏内。もちろん、どこの町にもあるような商店街もあるが、昔ながらの家並みが今もある。格子や虫籠窓や火除け、バッタリ床几のある家もある。そこに、たとえば八百屋や傘屋や簾屋、寺、鉄工所…などがある。近代的とはいえないかもしれない。が、この町を歩いて気づいたのだ。近年、都市はあまりに整然と区分けされた環境になりすぎていないか、と。住宅ゾーン、文化ゾーン、商業ゾーン…等々。無駄なく目的別に分けられた中で、随分、機能的におしゃれに暮らすようになった。その結果、昔ながらの町を古い、と錯覚し始めてはいなかったか。“無駄”の優しさを忘れてきてはいないか…。
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| ここでは様々な日常をもつ人たちが共に暮らしている。つまり、<町の力>というのはいろんな要素が混在する中で大きく強くなっていくのではないか。祭りを支える力もここにあろう。曳山町にしみじみと「町」を感じたのである。 |

▲南保町で見かけたバッタリ床几 |