| 秋の大津祭のスタートは夏・八月… |
| 琵琶湖が眩しく光る真夏・八月。大津の町の、14の町々で早や秋祭りの相談が始まる。今年の祭りに参加するか、しないか、長老たちが集まって、下打合わせをするのだ。参加することになれば、諸々の準備の心づもりがいる―なにしろ、この祭りは楽しみも大きければ、準備だって費用だって、大変なのだから――。十月九日、十日の大津祭は熱い太陽の下でスタートを切る。 |
| この祭りはかつて港町として、あるいは宿場町として栄えていた大津の豊かさや、当時の大津の町衆の文化の高さを今に伝える祭りである。天孫(四宮)神社の例祭で、昔は大津四宮まつり、と言っていたようだが、近年になって、大津祭と呼ばれるようになり、大津を代表する祭りとなった。
|
| 祭りの始まりは江戸時代初め。鍛治屋町の塩売治兵衛が祭りの日に狸面をつけて踊ったのに端を発し、そのうち、年齢をとった彼の代わりに狸のカラクリ人形を屋台にのせて歩くようになると、他の町も次々と曳山をつくり、細工や人形等を競うようになっていった。大津曳山祭の起源である。
|

▲大津祭はこの天孫神社のおまつりである |