財団法人 滋賀県建築住宅センター
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守り育てて、伝える文化

 先の項で触れた猪子山は、伊庭内湖のカヌーラン ドから東南の方向、指呼(しこ)の間に見える。厚い信仰を得ている北向岩屋十一面観音がここに安置されたのは奈良時代だろうという。その後、坂上田村麻呂が鈴鹿の鬼退治のときに武運を祈願しに来たと言われているが、とにかく、地元民にとても大事にされている観音さんで、長い階段があるにも拘わらず、いつ行ってもきれいに掃除されている。名前の通り、 大きな岩屋の中に像高五十五センチほど、目鼻だちの彫りは薄くなってきてはいるが、素朴さが伝わるお顔だちの石造の十一面観音さんがいらっしゃる。
 猪子山の麓を南に回り込む道はかつて朝鮮通信使が通った道(朝鮮人街道)。つまり、いろんな文化が行き交った道だ。


北向岩屋観音から町を一目で見下ろせる。


5月4日、伊庭坂下し祭のある
繖峰三神社の鳥居

 

  秀吉の朝鮮侵略を批判した家康は徳川時代に入る と朝鮮との国交回復を図った。それがこの通信使制度で、十二回に及んだという。そのうち、二回は京都と対馬で応対しているので近江を通ったのは十回。一行が江戸に入ると江戸中、沸き返ったという が、五百人もの異国の人の大行列を迎える近江の人たちもお祭り騒ぎだったのではないか。この友好の道、近江地内では大事にメモリーされている。この道沿いにさん繖峰三(さんぽさん)神社の拝殿がある。近江の奇祭と言われる伊庭の坂下(さかくだし)し祭が行われる神社だ。正確に言えば、この祭は大濱、望湖、繖峰三の三つの神社の春祭。
 大濱神社に安置されている五つの神輿のうち、三つのみは繖峰三神社まで引き上げられ、 翌日、ほとんど断崖絶壁の坂道を麓の大鳥居まで若衆によって引きずり下ろされる。五穀豊穣、天下泰平を祈る神事だが、胸がすくほど荒々しく激しく、 圧倒される熱気。何年も前、たまたま祭りの日に通りかかったことがある。遠巻きに小さな子たちが見詰めていた。故郷はこういう風景でインプットされていくのかもしれない、と思ったものだが、あのときの子たちももう神輿を下ろす若衆の一人になっているのだろうな、と思い出すことがある。


問い合わせ
 能登川町観光協会 TEL 0748・42・1331
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