財団法人 滋賀県建築住宅センター
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能登川町 ▲まちづくりインデックス

 

なぞっていける歴史

 


北向岩屋観音のとなりにある磐座
巨岩である。

 

 

博物館は能登川町総合文化情報センターという建物にあり、図書館と埋蔵文化財センターも併設されている。埋蔵文化財センターがあるということは、 いろんなものが埋まっている地だということでもある。 一九九四年十一月十八日付け各紙朝刊は一斉に 「正楽寺(しょうらくじ)遺跡」を報じていた。《『縄文の村』西日本にも》《西日本初の縄文大集落》などの見出しが踊った。その僅か三カ月前の八月、青森県の三内丸山遺跡の保存が決まったばかりだった。縄文時代、既に人々は定住して暮らしていたという跡が、 三内丸山(さんないまるやま)に次いで西日本でも発見された驚き。三五〇〇年前へのタイムトンネルの入り口に突然出てきた、という感じだった。そうだ、と思って、埋蔵文化財センターでたずねたら、現在は埋めもどしてあるとのこと。縄文人たちの暮らしや祈りなど今また、静かな眠りについているわけだ。ここから出た人骨や土器や右皿など、出土品の一部は埋蔵文化財セン ターに展示してあり、見学できる。
 この辺りは大昔から住みよい地だったらしく縄文時代のみならず古墳時代の遺跡も多い。近郷近在の人たちの厚い信仰を受けている北向岩屋(きたむきいわや)十一面観音 のある猪子山(いのこやま)は古墳の山でもあり、その一つの横穴が山頂の観音さんへのお詣り道の途中に見える。ちなみに、この猪子山の山頂には観音さんと並んで、磐座(いわくら)と呼ばれる巨大な岩がある。神が降りてきたところだという。いかにも信仰の拠り代になっていた ことを想わせる巨岩である。ここに上がると、近江平野、伊庭内湖(いばないこ)、琵琶湖、対岸の比良山系・・・へと、 広々した素晴らしい眺望が得られ、神の如き大らかな気分になれる。
 さらに白鳳時代の寺院法堂寺(ほうどうじ)の跡。この辺りを治めた豪族の氏寺だったのではないかと考えられているのだが、滋賀県下では珍しく塔の心礎が残ってい て、一九九九年四月、法堂寺遺跡公園として整備開園になった。中門を入り、塔、金堂がならぶ、いわゆる大官大寺(だいかんだいじ)式伽藍だったと推定されている。
 その昔、大陸から若狭に上がり、琵琶湖の湖辺を通り、奈良に行った仏教。近江でも当然仏教文化は成長していったはず。近江の白鳳時代−−−−。余分な もののないこの公園の広い空間で湧き上がるように想われた。

 

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