| 島の名前に残る矢橋の帰帆 |
| 東海道の大津ー草津は、瀬田を通る陸路より、舟に乗って琵琶湖を渡った方が早いし疲れないから、湖上交通も結構、人気があった。大津側は打出浜。草津側は矢橋が港であった。いわゆる矢橋の渡しである。
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| 矢橋は近江八景“矢橋の帰帆”で有名な風光明媚な所。今は埋め立てられて、復元された石積みの突堤も湖からは離れてしまっているが、寛政十年(一七九八)の、高さ二メートル近い常夜燈は今も残っている(因に、大津打出浜の渡しの常夜燈は今は琵琶湖文化館近くに移されている)。
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| 矢橋を出入リする舟が通っただろう辺りは今、矢橋帰帆島という人工島ができている。湖南中部地域の浄化センターとして生まれた島だが、センターの他、水環境を考える県立水環境科学館や遺跡広場、芝生公園や野球場、プール……等々があって、まるでのびやかな公園島という感じだ。
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| 矢橋の渡しから東海道へは二十五町(約三キロ)。この道を矢橋道といい、途中、石津寺や鞭崎神社などの古社寺を拝み、矢倉で東海道に合流する。この合流点に大きな道標が今も建っている。そしてここが当時、草津一の名物姥ケ餅を売っていた店のあった所でもある。今は、現在の草津の特産品の一つの瓢箪を商う店になっていた。
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▲矢橋帰帆島にある県立水環境科学館の遺跡広場 |