財団法人 滋賀県建築住宅センター
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甲西町

 
良弁と湖南の仏教文化

 良弁僧正―といえば奈良東大寺を連想してしまうのだが、実は生国近江説があり、殊に湖南地方と縁が深い。 石山寺をはじめ栗東町の金勝寺(こんしょうじ)、石部町の常楽寺、長寿寺、そして甲西町の正福寺や廃少菩提寺(はいしょうぼだいじ)…等々、すべて良弁開基と伝わる。この辺りが東大寺初代別当の良弁の足跡濃い地であるということは、奈良に劣らず仏教文化は花を咲かせたのではないだろうか。それを想像させる素晴らしい仏教遺物が実はこの辺りにはたくさんあるのだ。
 

       廃少菩提寺跡に建つ石造多宝塔。
(鎌倉時代・重文)

 野洲川の北の十二坊の山麓には聖武天皇勅願所でもあった先述の正福寺や、ひとえに清らかな菩提禅寺、少菩提寺三十六坊の一つであったお庭の美しい西応寺(さいおうじ)などがある。少菩提寺は、金勝寺の大菩提寺に対しての呼び名で、それが早い時期に廃寺になったため、廃少菩提寺と呼ばれたという。寺の跡にはかつての力を想わせるような大きな多宝塔や三体石地蔵などがひっそりと残っている。

桓武天皇の病気平癒に効果のあった善水寺の湧水。
 十二坊中腹には和銅年間(八世紀初頭)に開創の善水寺がある。 入母屋造り檜皮葺の本堂は息をのむしなやかな姿。国宝である。南朝時代に火災に遭い、今の建物はその後再建されたもの。 信長の焼き打ちを免れて静かに山中に建つ。元は法相宗で和銅寺と称していたのだが、最澄が入って天台宗延暦寺の別院になった。〈善水寺〉の名は桓武天皇の病気がこの寺の水で治り、賜ったという。今も境内にその善き水が湧き出ている。
 ご本尊は薬師如来(秘仏、重文)だが、脇侍は珍しい梵天(ぼんてん)と帝釈天(たいしゃくてん)。四月八日の花祭には、東大寺の像に次ぐ名作といわれる誕生釈迦仏像にお目にかかれる。
 



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