財団法人 滋賀県建築住宅センター
まちづくりインデックス まちづくり情報へ

 
甲南町 ▲まちづくりインデックス
忍者の始まりは自衛軍団
 

 魂″ということでは、この甲南町には驚くほど強固
な魂を持った人たちがいた。忍者である。ここは甲賀(
こうか)流忍術の本拠地だった所で町内竜法師には甲賀
武士五十三家の筆頭の望月家のカラクリいっぱいの旧宅
が、甲賀流忍術屋敷として公開されている。ドンデン返
しの戸は子どもたちに大人気だ。
 忍術。忍びの術。即ち、スパイ術ということになろう
か。現代も同じだが、情報を制することが勝利への第一
歩。敵対する力や世情の動きを知ることは覇者を目指す
には不可欠で、その仕事をしたのが忍者である。そのよ
うなスパイは昔からいたが、盛んになったのは群雄が割
拠した戦国時代以来である。その頃、全国には四十流派
もの忍術があったという。大方が修験道の山伏から発展
したと思われている。忍術の中でも特に有名な、猿飛佐
助に代表される甲賀流、服部半歳に代表される伊賀
流、これらもやはり修験道とつながったものだったようだ。
 甲賀には、水口と信楽の問に飯道山という修験の山が
あり、伊賀との国境には岩尾山がある。岩尾山のお馬石
や天狗岩などを廻っていると、忍者の訓練場を想像できる。
 忍者は最初からスパイだったわけではない。元々は地
侍たちが自分たちの暮らしを守るために軍団をつくり、
心身錬磨していたのである。それに目をつけたのが諸国
の大名たち。忍びの術は次第に権力を支える役割を担う
ことになっていった。忍者は人知れず任務を遂行するの
が役割だから、どんな危険な日に遭おうとひるまず、ま
た、手柄も自慢せず、まして剣術のように「○〇流忍術」
の看板を挙げたりすることもしなかった。常に縁の下の
力持ちとしてのみ、存在したのである。だから、四十も
の流派がありながら、歴史の表舞台に記録されることは
なかったのである。



忍術屋敷のドンデン返し

甲賀武士五十三家筆頭の望月家は、
甲賀流忍術屋敷として公開されている
まちづくりインデックスへ 甲南町トップへ まえへ つぎへ
Copyright(C)2001 Shigaken Kenchiku Jutaku Center. All rights Reserved.