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湖東町 ▲まちづくりインデックス

 

夢から現実へ

 湖東町から出た近江商人の家の一つに西堀という家もあった。湖東町横溝から京都に出てちりめん問屋として大成した家である。
その家の五人の孫の末っ子に柴三郎という探求心旺盛な子がいた。その子は十一歳のとき日本人初の南極探検をした白瀬中尉の南極報告会に行き、南極に魅せられてしまう。
それからおよそ四十年後の昭和三十一年十一月八日、南極観測船「宗谷」が東京晴海埠頭から出航していった。日本の南極観測の始まりだった。その第 一次越冬隊長が西掘榮三郎。少年の夢は現実となっ たのである。その名は、彼が白瀬中尉の名を心に刻んだように昭和三十年代の子たちの心にも焼きついた。ちなみによく知られる『雪山讃歌』の一番「雪よ岩よ我らが宿り俺たちゃ町には住めないからに」 は西堀氏の学生時代の詩である。


馬堤溜池のほとりに氷山のように建つ
「探検の殿堂」とタロとジロの像


「探検の殿堂」の中の南極ワールド
マイナス25℃の世界を経験できる

 

その西堀榮三郎の祖父と父の故郷である湖東町に 平成六年、榮三郎の功績を称え、さらに、大きな夢を育む場としてオープンしたのが《探検の殿堂》。 馬堤(うまづつみ)溜池のほとりに、海に浮かぶ氷山をデフォルメ したように建っている。白い大陸で隊員たちの帰り を一年間待ち続けた、カラフト犬のタロとジロも彫刻になって前庭にいる。
 館内二階は日本人探検家四十九人を肖像画で紹介 した「探検家の殿堂」。一階に西堀榮三郎記念室とオーロラやブリザードが体験できるマイナス二十五度の南極ワールド。約二〇分の体験ながら、マイナス二十五度はこたえる。備え付けの防寒ジャンパー を着て入るのだが、夏、短パンで入っていった少年が我慢ならず飛び出していった。 《探検の殿堂》は(勇気)や(創意工夫)の素晴ら しさを語ろうとしている場所だと感じたのだが、 「郷づくり」に見た町の人たちの(おもい)も多分 同じ…。自分の住む町への夢を語ろうとしているの である。

問い合わせ
 湖東町産業振興会 TEL 0749・45・3706

 

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