二〇〇〇年初夏、米原町と多賀町に跨がる霊仙山 に登った。コトの発端は彦根で霊仙自慢する人に出
会ったことだった。それならば、ということで、登りに行ったのだが、メンバーの中に湖東町の方がいらして、「私の集落には住民の知恵で造った大きな
石灯篭があるんです。いい灯篭なんです」とおっしやる。ならば、と、湖東町へ。「あった−」
石灯篭は平柳集落にデンと立っていた。高さは七
メートルはあろうか。昔はこの道(現国道三〇七号)がお多賀参りの道だったことから、それをメモリーしてのモニュメントだという。
なんとスゴイ、と思ったのだが、実はここだけではなかった。どの集落にも何か感じるものがある。 南花沢では小枝を手にした少年聖徳太子のブロンズ
像。僧坊集落ではその名の通りユーモラスな坊さんのモニュメント…。小田苅で長への道をたずねたおばあさんに「楽しげな町ですね」と言うと「若い者
たちが考えるんや」とのこと。 |

平柳集落の国道307号沿いに立つ<ばけどうろう>
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南花沢に立つ少年の聖徳太子
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どういうことなのか役場でたずねると『美しいまちづくり計画』 の一環 として各集落が郷づくりに取り組んでいるのだとい
う。あぁ、それで・・・。道を歩いていても何か清々し いし、人の気配がある。各地で「アメニティ」ということが言われる。試行錯誤のところもまだ多いけれど、住んでいる人たちの知恵の結集がこのようにぬくもりの形で見えてくると、楽しいし、弾みもついてますます快適な環境になっていくのだろうな、と思う。湖東町の人がつい自慢なさったのが、町に行ってみてよく分かった。地域の人たちが自分たちの住む地を自慢に思う。地域は住む人たちに愛されることで輝く。まさに
《人が町をつくり、町が人を育てる》のだ。霊仙自慢に町自慢。あの誇りこそが町のアメニティの源な のだ、と思った。 |
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