各地を旅していると、同じ地名の所が時々、ある偶然
の場合もあるが、そうでないことも多々ある。たとえば
北海道の新十津川村や釧路市の鳥取という所は、偶然同
じというわけではない。新十津川村は奈良県十津川村か
ら移住した人たちが、鳥取は開拓団として鳥取から北海
道に行った人たちが、故郷を偲んで名づけた地名である。 |

遺言で「近江日野商人館」となった旧山中兵衛門邸 |
同じように三重県松阪、福島県会津若松も故郷を偲ん
で名づけられた地名である。命名者は蒲生氏郷。現在の
日野町西大路に城を構えて近江国蒲生一帯を支配してい
た戦国武将である。信長が殺され、秀吉から伊勢松が島
十二万石を任ぜられた時、日野をこよなく愛していた彼
は、日野の綿向神社の若松の森から一字をとって「松
阪」の地名を造り、さらに城下に日野町を造って、氏郷
を慕って日野からついてきた商人たちを住まわせた。そ
の後、会津四十二万石に出世転封された時も、若松の森
から「会津若松」の名をつけ、ここにも日野町を造って
いる。ひたすらに故郷・日野へのおもいは深かったので
あろう。領民も彼を慕った。
氏郷の転封と行動を共にしていた日野商人たちだった
が、氏郷の死後、孫の代で家系が絶え、お家断絶となる
と商人たちは路頭に迷った。そこで始めたのが天秤棒一
本で全国を渡り歩く行商だった。後に名を残す豪商・日
野商人はこうして生まれるのである。 |
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