保存と近代化のはざまで…
市民が選んだものは−− |
この美しい景観が甦ったのは昭和六十年。繁備は行政
で行われたが、その発端となったのは、八幡堀を甦らせ
ようという市民の声だった。昭和四十四年、七千二百名
の署名から運動は出発した。歴史ある町での町づくり
は、大抵、保存か近代化か、というところで、揺れる。
その岐路で近江八幡市民が選んだのは<<市民が誇れる
町>>だった。先人から受けついだ文化遺産を次の世代
に確実に伝えようという趣意のもとにハートランド運動
がくりひろげられ、町は、水と緑の美しい町になって
いった。ただ、まだ、大きな気がかりが残っている。八
幡堀の水だ。堀端を掃除していたおじさんに、思わず
「水が…、残念ですね。」と言ってしまった。「昭和三
十年代にはまだ泳げたんですよ。琵琶湖の水位が下がっ
て、水が流れなくなって以来、澱んだままです。」「八
幡堀を甦らせる運動は最終的には、水を昔のようにきれ
いにすることなんです。」きっぱりした言葉だった。
仰有る通りだ。水の清浄度が環境の清浄度でもある。
国や県の力添えも要りそうだ。 |

八幡堀の堀端は昔の風景に修復されて美しい |
|