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語りつづけたい万葉ロマン
 謙蔵がこよなく愛した《蒲生野》は、万葉集の二つの歌で、その地名を知る人は多い。
 大津に都があった時、天智(てんじ)天皇たちは蒲生野に遊んだ。その時、天皇の
弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)と天皇のそばで歌を詠じる額田王(ぬかたのお
おきみ)が恋の歌を歌ったのである。
     茜(あかね)さす紫野行(むらさきのゆ)きしめ野行(のゆ)き
    野守(のもり)はみずや君が袖振る                           額田王
     紫草(むらさき)のにほえる妹(いも)を憎くあらば
     人妻ゆゑに吾(われ)恋ひめやも                           大海人皇子

   歌の背景や意味はここでは触れないが、万葉のロマンとして語られる歌であり、
《蒲生野》の名を有名にした歌である。

万葉集といえば、万葉集の代表的歌人の一人である山部赤人(やまべのあかひと)
ゆかりのお寺と神社が町内下麻生に並んであった。赤人寺(しゃくにんじ)と山部
神社。赤人はその生涯をここで閉じたという。寺のご本尊は赤人が安置したという
如意輪観音さん。と言っても史実的には少し曖昧。元々、赤人寺は中世には〈あこ
う堂〉と呼ばれていて、江戸時代になって赤人寺に名が変わり、隣の山部神社も明
治時代になって、赤人(あかひと)にちなんで、山部の名で呼ばれるようになった
だけだとか。
 史実を検証すれば、事実はこのように暖昧ではあるが、山部赤人が土地の美しさ、
自然の素晴らしさを歌いあげた歌人であったことを思うと、この美しい蒲生町に赤
人ゆかりの社寺がある、というのは、蒲生野への先人の秘かなメッセージかもしれ
ない、とも思う。

 

山部赤人が安置したという如意輪観音
が本尊の赤人寺

山部神社境内にある赤人の
歌の碑

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