野口謙蔵記念館は蒲生町綺田(かばた)集落にある。
のびやかな水田地帯。北を見れば先述の「霜の朝」に
描かれた石塔山の優しい姿。すぐそばを佐久良川が流
れる。家々は田畑の一角で肩を寄せあうように並ぶ。
見回してみる。その風景を−。謙蔵はこういう風景
が好きだったのだ。田畑や山や川や人々の暮らしや…
…。自然が自然のままに穏やかに在る風景が。
ドラマの中で〈絵の中の少女〉である謙蔵の姪の
久子が、折角、東京の美術学校を卒業しながら、何
故ここに帰ってきたのか、とたずねる場面があった。
謙蔵はこう答えていた。「おじさんはこの土地が描
きとうて帰ってきたんや。ここに住んでいると、描
きたいことがコンコンと湧いてくるんや。」と。
広々とのびやかな蒲生野に立ってみると、謙蔵の
おもいが解る。そして、そのおもいは、あるいは、こ
の蒲生野を故郷と思うドラマの作者の深尾道典氏自
身のおもいであり、蒲生野に暮らす人たちみなが感
じているおもいではないかしらん、とも思えてくる。
ベートーベンが打ち続く不幸の中で、あんなに明
るくきれいな『田園交響曲』を作れたのは《自然》
のおかげだ、というようなことを、彼自らが言って
いる。自分の芸術はすべてそこから生まれた、と。
実は初めて謙蔵記念館で、野口家に仕え、謙蔵の世
話をされていた野口ち江さんに謙蔵の思い出話を聞
いた時、フと謙蔵とベートーベンにダブルものを感
じた。自然とともに在る、という生き方において。
|

野口謙蔵が好きだった蒲生野の風景
(横山公園から見る) |