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木地師の歴史を展示する資料館
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キャンプの中心地になっている政所辺りは古くからの
茶どころでもあるが、ここの地名もまた歴史のニオイが
する。集落の佇まいもゆかしげだ。道の草刈りをしてい
たおじさんに、惟喬親王を祀る太皇器地租(おおきみき
じそ)神社のある君ケ畑への道をたずねると、「筒井峠
に親王さんの大きな像があるから、そちらへも行ってみ
るといい。」と教えてくださった。地図を見ると、君ケ
畑と反対の方向に筒井千軒跡″というポイントがある。
「そこやそこや…。昔は筒井千軒と言われるほど、その
辺には木地師がたくさんいたわけだ…。木がなくなって
しまうと、みんな他の地へ移っていったから、今は大し
て何も残ってはいないが…。」
政所から箕川、蛭谷へ向かう。深閑とした道だ。積雪
の頃の難儀さが想われる。
蛭谷には筒井神社と木地師資料館がある。
筒井神社は惟喬親王を祭神とし、全国の木地師の氏子
を統轄していた。筒井公文所(くもんじょ)と称し、諸
国往来自由の手形や,山への立入り,伐採自由の許可証
等、すべてここで発行されたのである。その木札や古文
書などは、境内の木地師資料館で見ることができる。今
もこの集落には二人の木地師が健在だ。
それにしても、関所も伐採もフリーパスとは大した特
権だ。やはり惟喬親王との問わりからであろう。
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蛭谷集落にある木地師資料館
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透明を静けさの中に眠る惟喬親王
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筒井峠の筒井千軒跡に座る惟喬親王像 |
筒井神社と力を二分したのが君ケ畑の太皇器地租神社
とその別当寺の金龍寺。やはり、惟喬親王ゆかりの場だ。
こちらは高松御所と称して、木地師の統轄をしていた。
寺の裏の小高い所に、親王の墓があり、君ケ畑の集落を
静かに見下ろしている。
ここまで訪ねてくる人は、木地師ゆかりの人か、余程
の歴史好きの人か…。名古屋ナンバーのバイクの若者が
一人、集落入口にたてられた木地師の里の説明を読んで
いたが、「幻みたいな所ですね。」といって、走り去っ
ていった。この里を幻みたい″と表現するとはなかな
かの感性。それほど、透明な静けさの漂う所だった。
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