財団法人 滋賀県建築住宅センター
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永源寺町 ▲まちづくりインデックス

 
木地師発祥の地『小椋谷』
日本地図を見ていると、六呂師とかロクロ谷・木地山 等の地名をあちこちに見つけることができる。ロクロを 使って木工挽物(ひきもの)をつくる木地師(きじし) たちが住んでいた所である。昔は食器などほとんど木製 だったから、木地師もたくさんいた。彼らは細工のし易 いトチやブナなどの良材を求めて諸国を旅し、いつか集 団ごとに定住するようになっていった。それがこのよう な地名になったのである。  木地師たちの使うロクロとは、工作物を円形に成形し たり磨いたりする機械のことだが、これを考え出し、民 に教えたのが、9世紀、皇位継承の争いを避けて出家し た惟喬親王(これたかしんのう)といわれている。親王 が出家し、幽居した地は小椋谷(おぐらだに)という所。 以来、小椋谷は木地師発祥地とされてきた。  小椋谷とは ーー、現在の滋賀県永源寺町の政所(ま んどころ)・蛭谷(ひるたに)・君ケ畑(きみがはた) 辺りをいう。鈴鹿の山懐に抱かれた地だ。木地師の苗字 に、小椋サンが多いのは、この発祥地のゆえである。
山あいにポツンポツンと家があるこの辺り−帯を
小椋谷といった
                心、潤う自然の風景

            永源寺町は名前の通り、臨済宗の古刹(こさつ)、永源寺を中心にできた町 である。
            ちょうど福井県永平寺町のように、寺の存在があまりに大きいため、 町にある他の
            いいものが見過ごされがちであった。たとえば先述の木地師の里 とか八風(はっぷ
            う)街道、それを包む自然…。《観光》という立場に立てば、 これらは今までは素通り
            されてきた所である。現に、この度の取材に、若いお 嬢さんを誘ったら「そこには何が
            あるのですか?」と言う。つまり、従来の観 光的要素(名所旧跡、レジャースポット等
            々)を問うてきたのだが…、そんな ものは、ない。永源寺という寺があるだけである。
             が、ここはゆっくりと風を 見、光を感じる時間の持てる所なのである。女性の化粧でい
            えば、メークアッ プではなく、基礎化粧…。心を瑞々しく保つため…の場所といえる。

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