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ヒバリなく豊穣の町
  ピールル、ピールル、ピィピィピィ……、ツィーッ、ツィーッ…囀りが空に響く。見上げても姿は…、どこなのか、と思った途端、何かが一気に空から落ちていった。
――ヒバリですよ、と、道をたずねたおじさんに教えてもらった。別に落ちていったわけではない。地上に戻ったのだ、という。
  何年か前の春、桜の花が咲き始める頃だった。守山市から野洲川を渡り、ひろびろとした田園の道を湖岸のマイアミ浜へ行く途中でのことである。
  春はウグイス、というのは町や林が舞台の場合で、このように広々とひろがる田園や野原や川原などを舞台にした春告鳥は、ヒバリだな、と、その時、思ったものである。
  ここ数年、あの時ほど見事なヒバリの囀りを聞いていない。
ヒバリなく豊穣の町
  と、ヒバリのことを突然思い出したのは、中主町の町の鳥がヒバリだと聞いたからである。そういえば、あの時の鳥はヒバリだった、中主町だった、という感じだ。
  巣をつくり、子どもを育てるのに良い、という環境は段々、少なくなってきているから、ヒバリにとっても中主町はこの上ない故郷であろう。
  中主町は野洲川と日野川に挟まれた肥沃な土地にできた町である。今も青々とした水田が一面にひろがって、見るからに豊穣の地、という感じがするのだが、奈良時代にももう米作が盛んに行われ、町内の吉地辺りには荘園関係の役所も置かれていたという。今も残る五条とか六条とかの小字名は、条里制の名残の地名である。豊かだったのだ。
  かつてこの辺りを「豊積(とよずみ)の庄」と言っていたのは、人間にとってもヒバリにとっても、大いに納得のいく呼び名なのである。
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