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愛東町 ▲まちづくりインデックス

 
心癒される古社寺の佇い

百済寺の池泉回遊式庭園。静かな空間だ。(写真提供/愛東町産業振興課)
 愛東町の場合、ほとんど東半分は山、西半分が広々とした耕地になっている。その
ちょうど境目あたりに古刹が点在する。
 秦荘町(はたしょうちょう)の金剛輪寺(こんごうりんじ)、甲良町(こうらちょ
う)の西明寺(さいみょうじ)と並んで湖東三山と呼ばれる百済寺(ひゃくさいじ)
も百済寺集落の最奥の浄らかな環境の中にある。名にし負う紅葉の名所でもある。聖
徳太子の発願の寺だが、平安時代に天台宗に改宗。「湖東の小比叡」といわれるまで
に栄えたという。が、近江の寺々の多くが織田信長に焼き払われた時、ここも同じ運
命を迎えた。今の本堂や山門、仁王門などは江戸時代になって、井伊直孝や日光東照
宮を造営した甲良豊後守により再建になったものである。深山の趣を漂わせる山の斜
面をそのまま取り込んだ池泉回遊式の庭園がかつての繁栄を偲ばせる。見晴らし台に
上がると、眼下に湖東平野、はるかに比叡山が見渡せる。

カエデの木々に覆われた東光寺。美しい寺だ。
 百済寺を少し下ると引接寺(いんじょうじ)がある。本堂の裏手に夥しい数の石仏
や石塔。六千はあるだろう、という。三百余坊を構えていた百済寺が信長に焼かれた
後、山中に放置されたままになっていた石仏などをここに集めたのだという。八月二
十二日の夜には一体一体すべてに蝋燭がつけられていく。美しすぎて、哀しくさえな
ってくるような地蔵盆の夜の風景だ。
 引接寺からさらに山裾を南へ下っていくと平尾集落。ここには東光寺がある。ここ
も聖徳太子の開基という古刹だ。カエデに包まれた堂々たるお寺で紅葉の頃の美しさ
はいかばかりかと思う。実はここは地元の人に教えてもらうまで知らなかった…。
「いいお寺ですよ。」というマーガレットステーションでの一言二言の会話で行って
みたのだった。ひそやかな集落の一番奥、こんないいお寺が、こんなにもひっそりと
心にしみた。愛東町にはたくさんの古社寺がある。いずれも由緒をもつものだが、実
にさりげなく生活の中にある。華やかな歴史も人々に支えられてあった、ということ
を想像させる。

戦国時代、佐々木六角の家臣として活躍した鯰江氏の城跡。
 愛知川沿いには鯰江(なまずえ)城跡をはじめ、井元(いもと)城跡や青山城跡、
小倉城跡など、城跡が並ぶ。城といっても砦程度であったろうが、いずれも信長との
戦に巻き込まれた城である。もちろん、今、花の咲き乱れる道路や集落の表情から昔
の戦なんぞを想像することは難しい。
 広々と、そして青々とした愛東町の田園風景は、「愛の田園(まち)、愛東町」の
アイデンティティの原点をクドクド説明するより、より明確に語っている。
 

問合わせ 愛東町総務企画課 電話0749・46・0211

 

 以上、滋賀銀行発行
 「湖[みずうみ]1997年秋 No.123号」
 「街物語」著:旅行ペンクラブ西本梛枝さん より転載

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