滋賀県旧街道めぐり

社団法人 滋賀県建築設計家協会様のご厚情により、
平成17年5月発行「鳰の巣」No.31を掲載させていただいております。

●西近江路(北国街道) ▲旧街道一覧

松 尾 則 長
 今回は西近江路を歩きます。別名「北国海道」とよばれていて、大津から琵琶湖の西岸に沿うて走り、 北陸に向かう道である。 東海道大津札の辻を起点に道は長等、比叡、比良、三国の各山系と琵琶湖に挟まれた 狭い平野部を走る一本道にちかい性格を持つ街道です。 この道の歴史は古く、平安時代に道筋に各駅が定められたそうです。 北国と都を結ぶ最短路として、政治・経済・文化の通り道として重要な役割を果たしてきた。 現在の国道161号線は西近江路をぬうように相交差しながらつくられております。
■ 起点札の辻
 札の辻は東海道との分岐点で幕府の高札場が立ち、大津宿で一番にぎわった所で、
西近江路はこの札の辻から西へ進み西側に家並みの続く旧上北国町へと通じる。 上北国町をカギの手に曲がって進むと、左側にせまい小関越への道がある。 東海道の逢坂峠の間道にあたり、北国と京都を結ぶ道であり、三井寺観音寺への巡礼道にもあたり、 多くの旅人が往来し、親しまれた道だったのです。 西近江路は北国通りを進み、左側に「観音之道」の石造道標があり突き当たりには、 あざやかな朱色の楼門が見える、長等神杜で園城南院の鎮守でもと新宮社とよんでいた。
東海道札の辻の西近江路起点<
右側の石段を登ると、西国33所観音霊場の第13番札所の三井寺観音堂である。 和歌山県東岸渡寺に始まり奈良、宇治を経て近江にはいり、京都、大阪、兵庫、宮津、舞鶴を回り、 ふたたび近江にはいったあと美濃の谷波山華寺で札所を終える。 近江の6札所は、いずれも奈良、平安時代にすでに開創され、 景勝に富む寺院で地形的に恵まれた地にあるとともに、 霊山として古代から庶民の信仰の対象になっていたところです。
 
大津絵民芸房
円城寺の山門
■ 三井寺界隈と疎水
 観音堂石段下から西近江路までの道の両側は旅籠が並び門前町であった景色がうかがうことが出来る。
三井寺観音道の道標
北国町通りのちょうど一筋東側には旧柴屋町がある。 江戸時代には遊郭として大津の当時の港町、宿場町の両機能をもち繁栄し庶民文化は今も引き継がれ、 現在も私達のいやし文化地域を形成している。道は運河の疎水にかかる。 取水口を琵琶湖にもつ琵琶湖疎水は明治時代の日本を代表する大土木工事であった。 当時の京都府知事北垣国道が、疎水を京都まで引き入れて京都の工業化をめざしました。 工事は、若手技師田辺朔郎の手によって明治18年に着工、 23年に完成して日本最初の水力発電所ができました。 また、日本で初めて京都に市電が走ることとなりました。 舟運による物資輸送にも役立っていたが鉄道が発達したため次第に消滅していきました。 現在は京都市民の飲料水源となっている。
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